- 217 名前:風邪を引いた日[sage] 投稿日:2007/04/23(月) 16:34:22 ID:BG8mY4Og
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――頭の奥底から響いてくる鈍痛。
――身体、特に関節の辺りに感じるダルさ。
――喉に感じる違和感と鼻詰まり。
――自分の意思とは無関係に続くセキとクシャミ。
今の俺の状態を見れば十人中九人はある一つの病名を挙げてくれるだろう。
「………あ゛〜…こりゃ完璧に風邪…ッ…ゲホッ、ゴホッ! ……だな…」
おまけに目覚めの一声は自分のものとは思えないほどの鼻声で、身体の状態を否が応にも知らしめてくれてさらに気が滅入ってしまう。
窓から差し込む光から推測するに外は晴天なのだろうが、俺の体調と気分の方は晴天とはとてもいえそうになかった。
静まり返った部屋に響く自分のセキに混じって時計の針が規則的に時を刻む音が聞こえてきたので、憂鬱な気分のままふと枕もとの時計を見やった。
「………へ?」
時計の針は午前十時を指していた。
俺が普段目覚める時間は大体七時から七時半頃。
バーベナ学園の始業時間は午前八時四十五分。
ちなみに今日は月曜日、つまり平日で、バーベナ学園の創立記念日でお休みとかいうオチもない。
(………ああ、そうか。思い出した。一度起こされたんだった)
一瞬頭の中が真っ白になってしまったが、すぐに平静を取り戻すことが出来た。
今朝、いつも通りの時間に楓に起こしてもらったのはいいのだが、俺は中々起き上がることが出来なかった。
そんな俺の様子を見て俺が風邪を引いたらしいことに気づいた楓はパニックを起こし、真っ青な顔で救急車やらなんやらを呼ぼうとしだした。
そんな楓を何とか落ち着かせ、安静にしていればすぐ治ると学園に送り出してから薬を飲んで再度眠ったのだが、どうやら未だに快方に向かってはいないようだ。
(寝たのが八時か八時半頃だったから…二時間くらい眠ってたみたいだな…)
重りでも乗せられたかのような体を苦労しながらも何とか動かし、凝り固まった体を軽くほぐしながら上半身を起き上がらせた。
「…うわ、シャツが汗だくだ…。…はあ、着替えるか…」
俺はため息を一つつくと、芋虫のようにのそのそとベッドから抜け出した。
正直体を動かすのは億劫だったのだが、それ以上に汗ばんだシャツが気持ち悪かったため、体に鞭打って何とかクローゼットへ向かい下着を替える。
そうして再びベッドに入ってぼうっとしながら天井を見上げていると、ふと脳裏に一人の少女の顔が浮かんできた。
(ネリネ、どうしてるかな…?)
ネリネ
隣家に越してきた、魔界を統べる魔王フォーベシイの一人娘。
腰まで伸ばした青い髪と赤い瞳、そして長く尖った耳が印象的な魔族の美少女。
小柄な体格に不釣合いな抜群のプロポーション。
控えめで礼儀正しい性格で学業優秀。
運動は苦手だが体を動かすことは嫌いではない。
裁縫関係以外の家事は壊滅的。
天使の鐘と呼ばれる歌声の持ち主。
隣人でありクラスメイト、そして…
(そして……俺の恋人…)
一つ一つ特徴を挙げていき、最後にそう心の中で呟く。
その一言に、心の中に少しの気恥ずかしさと甘酸っぱいような感覚、そしてそれらを上回るほどの暖かさが広がっていくのが自覚できた。
らしくないな、と軽く苦笑してみるものの、きっと今の俺の顔は風邪のせいだけでなく赤くなっているんだろうなとまるで他人事のように思ってしまった。
他の誰といるよりもドキドキして、他の誰といるよりも楽しくて、他の誰といるよりも安らげる。
俺にとってネリネはそんな存在、決して失いたく無い存在なのは確かだった。
(心配してるだろうな…。昨日の今日だもんな…。気にしてなければいいけど…)
何となく、今現在のネリネの様子を察すると自然にため息が出た。
実は昨日の日曜日、俺はネリネと二人で少し遠出していた。…と言っても電車で一時間ほどの場所にある遊園地に行っただけなのだが。
久しぶりの二人きりのデートはとても楽しかったのだが、心配性なネリネのことだから、そのデートではしゃぎすぎたのが風邪を引いた原因だ、とか考えて自分を責めかねない。
確かにそれも無いとは言い切れないが、今思えば出かける前から妙に体に違和感があるのを感じていたので、おそらくその時点で既に風邪を引き始めていたのだろう。
「……う、痛てぇ……!」
そんな風にしてあーだこーだと考えていると、普段酷使することの無い頭を珍しくこんな体調のまま回転させていたのが不味かったのか、気づけば頭の痛みが酷くなってきていた。
波のように周期的に痛みを送ってくる頭に眩暈を感じ始め、目を瞑ってただその痛みに耐え続けていると、やがて意識に霞がかかりだしてきた。
(………う……ネリ…ネ……)
体を包む浮遊感と闇の中に落ちていくかのような感覚の中で最後に小さく呟き、俺は意識を手放した。
- 218 名前:風邪を引いた日[sage] 投稿日:2007/04/23(月) 16:35:18 ID:BG8mY4Og
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……頬が気持ち良かった。
頬に広がるひんやりとした感触に、俺の意識は少しだけ浮上した。
(何だろ、この感触…。気持ち良いな……)
体が燃えるように熱く感じられる中、頬に感じるその感触はとても心地良かった。
ぼんやりとした意識のままその感触に身を委ねていると、その感触が少し動いた。
(…これって、手…か? 誰か、いるのか…?)
その感触はおそらく誰かの手だと思った。それも、かなり小さな手。
(プリムラか…?)
そんなことを思いながらゆっくりと目を開ける。
窓から差し込む眩い光の中、そこにいたのは一人の少女。
青く長い髪と赤い瞳、そして長く尖った耳。
「………ネリネ?」
俺の掠れた言葉に心配そうに俺を見つめてくる少女。
だが、
「…起こしてしまいましたか? ごめんなさい、お兄様」
俺の恋人は、こんなに小さくは無かった筈なのだが…。
俺の恋人である少女ネリネは俺と同い年。
目の前にいる少女はどうみても十歳前後。
それにネリネは俺のことをお兄様なんて呼びはしない。
ネリネをそのまま小さく、若返らせたかのような少女。
けれど、俺は知っていた。この少女は確かにネリネだということを。
(…何で、あの、ネリネがここに…?)
かつて、魔法具の暴走により二十年前の魔界に跳ばされた時、俺は歴史を本来あるべき姿から変えてしまった。
本来結ばれるはずだったネリネの両親の大切な出来事を俺たちが現れることにより邪魔してしまい、結ばれる時期が遅れてしまったために年下になってしまったネリネ、それがこの少女だった。
(ここは、確かに俺の部屋だ。魔界じゃない。時間も二十年前じゃない。なのに、何故?)
きょろきょろと辺りを見渡し、時計にも目を通す。
何度見てもここは芙蓉家の自分の部屋、そして時間は現代の十二時過ぎだ。
「お兄様? どうかされたんですか?」
どうかしたのはそっちだろ、と言いたかったのだが口には出せず、ひたすら頭を回転させる。
だがどれだけ考えても答えは出ず、そうしている内に俺は降参とばかりにため息をついた。
答えが出ない以上考えても仕方ない、と何気なくねりね(何となく、そんなイメージだったため)を眺めていると、ねりねは床に置いた洗面器に張った水にタオルを漬け込んでいた。
「お兄様、もう少し待っていてくださいね?」
俺の視線に気づいたねりねがそう言ってはにかみ、濡らしたタオルを絞り始めた。
「……う〜ん! うう〜! ううう〜〜〜〜〜!!!」
その気合とは裏腹に、非力なねりねの細腕ではちっともタオルが絞りきれていなかった。
「……ほら、貸してみな…っ! ぐ、うぅっ!?」
真っ赤な顔で頑張るねりねの姿に苦笑し、代わってやろうと起き上がった瞬間、眩暈を起こしてぐらりと頭を揺らし、突っ伏してしまった。
「お兄様!? 起き上がっちゃ駄目です! 寝ていてください!」
泣きそうなねりねの言葉に素直に従い寝直す。われながら情けないことこの上ない。
そうして俺が臥せっている間に、ねりねはどうにかしてタオルを絞れたらしく、俺の額に濡れタオルを乗せてくれた。
「お兄様、気持ち良いですか?」
不安げなねりね。
正直完全に絞りきれていないらしく、まだタオルは少しぐっしょりしていたが、俺はねりねに向かって微笑みかけた。
ひんやりした感触が気持ち良いのは事実だったからだ。
「他に何かして欲しいこと、ありますか?」
俺の答えに心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、ねりねは期待に満ちた目で見つめてきた。
そんなねりねに俺は少し考えてから口を開いた。
「…さっきみたいに、頬に手を当ててくれないか?」
そうして再び頬に添えられたねりねの小さな手。
その小さな、そして心地良い感触を感じながら、俺は再び眠りに落ちた。
「お兄様、おやすみなさい」
眠りに落ちる直前、そんな声が聞こえてきた気がした。
- 219 名前:風邪を引いた日[sage] 投稿日:2007/04/23(月) 16:37:34 ID:BG8mY4Og
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……いい匂いがした。
どこからか漂ってくる、爽やかな香りに目が覚めた。
体は相変わらず重く、酷い頭痛が続いていた。というか悪化してしまった気がする。
起き上がれる気が全くしなかった。
やはり濡れたタオルは不味かったかな?と思いながら額に手をやると、タオルは無かった。
(ねりねが外してくれたのかな…? それとも寝てる間に落としちまったのか…?)
そんなことを思いながら時計を見ると、午後二時を指していた。
そんな時、
「あれ? 稟、目が覚めたの?」
聞きなれた声が聞こえた。ただ、少しだけ違和感を覚えた。
声のする方を見ようとしたのだが、その前に声の主が俺を覗き込んできた。
「………ぇ? …ネリ、ネ……?」
「…? うん、そうだよ? どうかしたの? 私の顔に何かついてる?」
先ほどよりもさらに掠れてしまった俺の声に、その少女は不思議そうに首を傾げた。
赤い瞳に尖った耳。俺と同年代の容貌と服の上からでも分かる圧倒的なボリュームの胸。
それらは俺の恋人ネリネと全く同じ。
だがその髪の色は透き通る晴天のような青ではなく、薄紅色だった。
(今度はこのネリネかよ…。一体どうなってるんだ…?)
風邪の症状ではない痛みが俺の頭を駆け巡り始めた。
この少女もまた、二十年前の魔界で出会ったネリネの可能性の一つ。
本来の歴史とは違う、魔殿下フォーベシイと別の女性との間に生まれたネリネ。
それが彼女だった。
「稟、どうしたの? 苦しいの?」
「……いゃ……だいじょぶ…だよ…」
心配そうに俺を見つめるネリネにそう言って僅かに首を振る。
今回もどうせ考えても答えは出ないだろうから考えなかった。…と言うか頭痛が酷すぎて考えることすら出来そうに無かったのが正直な所だった。
それに、この少女も、先ほどのねりねも、確かに俺の良く知るネリネではないけれど、ネリネであることは間違いなく、俺の大切な女性であることに変わりは無かったからだ。
「そうだ。稟、お腹空いてない? 下にお粥があったから暖めてきてあげようか?」
NERINE(何となくそんなイメージだったため)が思い出したように尋ねてくる。
だが、激しい頭痛と脱力感に包まれてとても食欲なんて無かった。
俺が黙って首を振り拒絶すると、NERINEは困ったような顔をしていたが、ぱっと表情を輝かせる。
「あ、そうだ! 私、さっきリンゴ剥いていたんだ。それなら食べられない? 少しでも何か食べなきゃ風邪も治らないよ?」
名案とばかりにうんうん頷くNERINEに俺は少しだけ肩を竦めた。
大人しく消極的なネリネと違い、NERINEは活発で積極的な性格のため、そう簡単には引き下がらないだろうなと思い、しぶしぶ頷く。
少しでも何か食べなければ治らないというのに納得した点もあったからだ。
「待ってて。……はい、あ〜ん!」
嬉しそうにリンゴを差し出してくるNERINE。
だが、俺はその差し出されたものを見て思わず動きを止めた。
(……これ、リンゴ…?)
それが素直な感想だった。
なんと言えばいいだろうか?
普通リンゴを剥いたと言われれば誰もが想像するウサギさんカット。
そこからさらに大胆なカットを加え続け、このリンゴはウサギさんからなんとエビさんに変身していた。
俺の言いたいことが分かったのだろう。NERINEは顔を真っ赤にして、
「…だ、だって、私、こんなのしたことなかったから! …その、やっぱり食べられないよね?」
そう早口で捲し立てると、急にしょんぼりしてしまった。
俺はそんなNERINEを見て軽く苦笑し、何も言わずにただあ〜んと口を大きく開けた。
途端に表情を輝かせるNERINE。
「はい、あ〜ん! ……どう? おいしい?」
こんな美少女にキラキラした目で言われて不味いなんて言える男はいないと思う。
それに、実際自分でも気づかなかったのだが、どうやらかなり喉が渇いていたらしく、リンゴの果汁が喉、そして体中に染み渡っていくのがはっきりと分かった。
「まだまだあるよ? あ、どうせだから口移しで食べさせてあげよっか?」
嬉しそうなNERINEの様子に結局その後四つほどリンゴを食べることとなった。
ちなみにその四つのリンゴの形は、順にイカ、ヒヨコ、モアイ、UFO(アダムスキー型)の形をしていた。…一体どうやって剥けばそんな形になるのか心底不思議だった。
そうしてリンゴを食べ終え再び眠りについた俺に、NERINEは優しく微笑みながらずっと髪を撫でてくれていた。
「おやすみ、稟。…早く良くなってね」
- 220 名前:風邪を引いた日[sage] 投稿日:2007/04/23(月) 16:38:31 ID:BG8mY4Og
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……声が聞こえた。
耳から心に流れ、そして魂に響いてくる、静かで、それでいて柔らかな旋律。
もう疑問は浮かばなかった。
ただ耳を澄ましてその歌声に聞き入っていた。
「……〜〜♪ 〜〜〜♪ ………ふぅ…」
安らかな気分のまま歌声の流れに身を委ねていると、やがて歌が終わってしまった。
俺はゆっくりと瞼を開き、夕陽に照らされる少女の姿を視界の端に映した。
紅い光に照らされて少女の髪の色も何も良く分からない。
だが俺は確信を持って口を開いた。
「………リコリス…」
「…うん!」
俺の声に嬉しそうに微笑み、近寄ってくる少女。
ネリネと同じ青い髪、ネリネと同じ容姿、そしてネリネと違い紫の瞳を持つ少女。
ネリネのクローンとして生まれ、八年前に一度だけ俺と出会い、ネリネにその命と思いを譲り渡して消えた少女。
二十年前の魔界で一夜だけの再会を果たした少女。
その名は、リコリス。
「…ごめんね、稟くん。起こしちゃったかな?」
リコリスの謝罪に首を振って気にしていないことを伝える。
先ほどよりは幾分か楽になっていたので、言葉を発しようとすればできたと思う。
けれどなぜかそうする気が起きなかった。
言葉なんて必要ないんだと思えた。
すると、リコリスも同じ気持ちでいてくれたらしい。
しばらくの間、俺たちは黙って見詰め合っていた。
リコリスは優しく微笑んでいた。
俺もまた微笑んでいた。
最初に口を開いたのは俺だった。
「リコリス。…もう一度、歌ってくれないか?」
「…うん。いいよ…」
リコリスは笑って頷いてくれた。
そして、再び歌い始める。
“天使の鐘”と呼ばれる歌声で。
静かで、ゆっくりとして、柔らかな、今の俺のための歌。
その歌声に導かれるようにして、再び俺は眠りについた。
『稟くん。おやすみ』
歌声の中、そんな声が聞こえた気がした…。
- 221 名前:風邪を引いた日[sage] 投稿日:2007/04/23(月) 16:39:41 ID:BG8mY4Og
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……夢を見た。
とても懐かしい、夢を見た。
「…ん……り……りん……稟……」
暗い闇の中で、誰かに名前を呼ばれた。
声のする方を見ると誰かが立っていた。
もやがかかって見難いけど、二人の人がいるように見えた。
「…稟」
背の高い方の落ち着いた感じの低い声。
「…稟」
もう一人は優しそうな、高めの声。
その声を聞いていると、もやは少しずつ晴れていっている筈なのに、何故だか視界が滲んではっきり見えなかった。
けれどその人達が笑っているのは何故だか分からないけれど確信できた。
「稟、他人の痛みを分かってやれる男になるんだぞ?」
『うん、わかってるよ』
その言葉は声にならなかった。喉に何かが詰まってしまっているみたいだった。おまけに凄く頬が熱かった。
「稟、幸せにね?」
『うん、頑張るよ。…ありがとう』
そう言いたかったけど、やっぱり声は出せずにただ何度も頷くことしか出来なかった。
二人は一度顔を見合わせると、満足そうに微笑み、段々と遠ざかっていった。
届かないのは分かっていた。
けれど手を伸ばさずにはいられなかった。
叫ばずにはいられなかった。
「待って!! 待って!!! もう少しだけ話を!! ――さんっ! ――さんっ!!」
- 222 名前:風邪を引いた日[sage] 投稿日:2007/04/23(月) 16:41:23 ID:BG8mY4Og
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「――――――ッッ!!!!」
目を見開いて、最初に視界に入ったのは心配そうにこちらを見つめる紅い瞳と青い髪。
俺の心に最も強く焼き付けられていた少女の顔がそこにあった。
「……………ネリ、ネ……?」
「はい。…稟さま、大丈夫ですか?」
呆然として呟く俺にネリネは軽く頷き、俺の目元を手に持ったハンカチで拭ってくれた。
俺は破裂しそうなくらいに高鳴る鼓動と荒い息を静ませながら視線を動かし、辺りを見渡した。
窓から差し込む僅かな月の光だけが光源となっている、薄暗い自分の部屋。
そのベッドに寝ていた俺の側にネリネがいる。
「………ああ、そうか。……夢……か……」
上体を起こし、何気なく髪をかきあげながら呟く。体調の方は大分良くなったみたいで、かなり体が軽く感じられ、鼻声も随分ましになっていた。
それにしても、何だか不思議な夢を幾つも見たような気がした。
学園に行っているはずのネリネが、しかも小さいネリネやあの赤い髪のネリネ、リコリスまでもが登場する、不思議な夢だった。
しかも最後の最後に出てきたのは…
「………あの、稟さま? その……嫌な夢でもご覧になったんですか?」
「………へ?」
言いにくそうなネリネの歯切れの悪い言葉に、俺はぽかんとしてしまった。
「…いや、不思議な夢ではあったけど、別に嫌な夢ってわけじゃ……」
「………ですが、稟さま………泣いて、いらっしゃいますから……」
ネリネの言葉に俺は初めて自分の頬が濡れている事に、先ほどネリネがハンカチで俺の目元を、涙を拭ってくれていたことに気づいた。
「……あ、あれ!? …いや、これは、その、別に………!!」
慌てて目元を袖口で拭い、弁解しようとするものの、ネリネはその心配そうな表情を晴らすことは無かった。
「……稟さま……」
ただ一言俺の名を呼ぶネリネ。
その優しい声に、俺は不思議なほど素直に自分の弱さをさらけ出していた。
「………うん。ちょっと、…ちょっとだけ悲しい、夢だった。………両親の、夢を見たんだ……」
ネリネは何も言わない。けれど聞いてくれていた。だから、俺はそのまま続けた。
「ほとんど会話なんて出来なかった。けど、笑ってくれてた。笑って、そして、遠ざかっていったよ…」
俯き、蚊の鳴くような声で呟く。
「…もう、何年も前のことなのに、もうこんなに図体でかくなったのに、そんな夢を見て泣いてたみたいだ。…自分で思ってたよりもずっと俺は弱かったんだ。……情けないだろ?」
自分の情けなさに自嘲する俺に、ネリネは何を思ったのか黙ったまま俺の方に腕を回してきた。
「……? …ネリ…んむっ……!?」
気づけば俺の顔面はネリネの豊満な胸に優しく包み込まれていた。
「稟さま。……泣いていいですよ?」
頭上から聞こえてくるその優しい声に、言葉の意味を理解するよりも早く鼻の頭がツンとした。
自分の意思とは無関係に震える両手がネリネの背に回される。
そして、
「………ごめん」
震える声で一言だけ呟く。
すると、ネリネが優しく俺の頭を撫でてくれるのが分かった。
「…稟さま、今度は私が言いますね? …好きなだけ泣いてください。そして、涙が止まったら、その時は…私と“一緒に笑ってくれませんか?”」
その言葉を受け、俺は少しだけ泣いた。
- 223 名前:風邪を引いた日[sage] 投稿日:2007/04/23(月) 16:42:23 ID:BG8mY4Og
-
「……ごめんな、ネリネ。…その、さ……ありがとう…」
しばらくして身を離したのはいいのだが、俺は照れと恥ずかしさでネリネの顔が直視できないでいた。
どうにか礼だけは言えたものの、辺りには何とも言えないむず痒い雰囲気が漂い、俺は所在無さ気に指で頬を掻いていた。
「…やっぱり俺情け無いな〜。親父にも言われたばかりだったのに…」
「?」
独り言のつもりだったのだが、ネリネにも聞こえてしまっていたらしい。
小首を傾げるネリネに俺は大仰に肩を竦めてみせた。
「『他人の痛みを分かってやれる男になれ』…親父の口癖だったんだよ。それがいきなり逆にネリネに心配されちまった」
乾いた笑いを浮かべる俺にネリネも微笑んでくれた。
「稟さまの御両親…。素晴らしい方達だったんですね…」
「はは、そこまで言われるほどの親じゃなかったよ」
どこか夢見るように呟くネリネに俺は苦笑する。
確かに両親を褒められて悪い気はしないが、やはりどこか照れくさかった。
だが、
「いいえ。稟さまのご両親ですもの、きっと素晴らしい方達に違いありません」
改めてきっぱりと告げてくるネリネに俺は言葉を失った。
そして段々と沸き起こる、この娘と出会えて良かった、この娘を選んで良かったという思い。
俺は熱くなった胸を沈めるように俯き、再び溢れかけた涙を歯を食いしばって何とか堪え、ネリネと向き合い、静かに語りかけた。
「………なあ、ネリネ? 今度の休み、ちょっと付き合ってくれないか? 一緒に、行きたいところがあるんだ」
「え? …はい、構いませんよ? どちらへ行かれるのですか?」
「ああ。俺の……両親が眠る場所へ。父さんと母さんに、ネリネを紹介したいんだ…」
俺の言葉に驚愕して目を見開き、口元に手を当てるネリネ。
だがすぐに、俺の好きな、花が開くかのような満面の笑顔を浮かべて頷いてくれた。
(…そうだ、紹介しよう。この娘が俺の選んだ娘ですって。俺の…一緒に幸せになりたい相手ですって…)
俺は照れ笑いを浮かべつつ、いつまでも頬を掻いていた。
- 224 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/04/23(月) 16:44:17 ID:BG8mY4Og
-
風邪をひいてむしゃくしゃして書いた。反省はしていない。
だが確実に風邪はひどくなったと思う。
あと、リアリアやってないから設定とか矛盾してたらスマヌ…。